表現者は多くを語らない。産みの苦しみを越え、世に出した作品が唯一表現者の言葉を語る。
良くも悪くも作品がスターであり、表現者は表舞台に上がらない裏方だ。
永く渾彩秀と云う表現者の傍に居て、語らない裏方の美学を学んだ気がする。
表舞台に立つ事を拒み続け、作品に注釈を付ける事すら許さない。
作品の「書」が全てを語り、見た者の魂を揺さぶる。
渾の書を目で感じ、立ちすくみ、表現者の言わんとする事を心で受け止め、気付かぬうちに溜息が漏れる。
私はそんな場面を幾度となく眺め続けて来た。
彼は作品と対峙した時に漏れ聞こえる溜息の、その瞬間にエクスタシーを感じているのだろう。
書く者と見る者の繋がる瞬間。彼はそれ以上もそれ以下も求めてはいない。
だから世間に顔を出さない「幻の書家」と呼ばれてしまう。


このサイトでも彼は一言も語っていない。
ただ彼の産んだ「書」が渾の言葉であり伝えたい事だ。
渾の「書」には人の五感を揺さぶる独特の魅力がある。
それを一人でも多くの方に感じて欲しいと思う。

一般社団法人 渾彩秀文化交流協会
藤波 好夫